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ライオン丸りえぞう

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センチメンタル

ちょっと前後しちゃうけど、なんだか書いておかなきゃいけない気がするので、書いとく。


8月31日(水)

この日は、仕事場の上期の締め日。だからレジの二度締めをしなきゃいけないので、いつもは遅番一人の所を店長である打田さんも残った。売上金もまとめたトコロで打田さんが「入金してきたらそのままアガっていいよ。着替えたらロッカー前で待ってて」と言ってきた。

"きたな"

すぐに気付いた。
着替えてロッカー前で打田さんと合流。好きなものを食べさせてあげる、というので、そのビルにあった鉄板焼きに迷わずした。


9月~2月が下期になるのだけど、今のお店が2月いっぱいで終わる。その話だった。

実はその話は随分前(へたしたら2年くらい前)からあって、この7月の終わりにそこの百貨店自体が下期から従来の20時閉店から21時閉店になると発表した時に、そろそろ潮時(店自体の退店)かも、、というのはよぎっていた。打田さんとも軽く話しをして、実際21時までとなると、現在の売上と人件費との兼ね合いから本気で考えなければならない、8月中には答えを出して決まったらすぐに伝えるから、というとこだった。

この職場には、かれこれ13年になる。
社員ではない。派遣の販売員として。
唯一の社員でもある店長の打田さんと、ケンカしもってでも、まあ仲良くやってきた。
10年くらいで、このままではいけないなあ、、と思いはじめた。日給のよさと、休み&シフトの融通がきくこと、打田さんの人柄と、ワタシのライブや写真がらみのことを思うと、辞めれなくなってそこから3年。
おもしろいライブやイベント事が多い8月12月が、百貨店では一番忙しく(特に12月)、音楽の世界に入れば入るほど、百貨店の世界はむなしいものに見えてきて、この頃は本気で辞めたくてしょうがくなってきてた。

前にも書いたけど、小さい頃からワタシはものすごい人見知りっこだった。
知らないヒトに笑えなかった。カメラのレンズに向かって笑うことも大嫌いだった。

絶っっっ対に!!!!!やらない職業だと小さい頃から思っていた販売の仕事を、いろんな諸事情から始めて、その2年後に今の打田さんのもとに来た(派遣された)。
周りの評判では。変わってるだのむつかしいヒトだの言われていた(らしい)ヒトだったが(実際ここに派遣されたヒトも続かずに辞めていってた)、ここで働きはじめて、確かに細かいことにはうるさくてむつかしいといえばむつかしいヒトになるのかもしれないけれど、キチンと仕事さえすれば何も言わないこと、いちいち細かくいうには一つ一つその意味がちゃんとあること、などをすぐに悟った。ちゃんと仕事をこなせば、こなした分評価してくれる。いつしか対等にケンカまできるようになっていた。そのケンカの時ですら、20歳も歳の離れたワタシの言い分をキチンと聞いてくれた。

百貨店の中での人間関係、客の醜さ(ココロの)、なんかに心底うんざりしながらも、このヒトのしたで働くのはやりがいもあった。だから、この販売の仕事は向いてない、、と思いながらも、お給料をもらっているのだから、だったら向いてなくてもやれるだけやろう、極めてやろう、そう思ってやってきた。

小さな漬物会社だ。
京都の本店と錦小路のお店と、ここの梅田のお店で直営店は3店舗しかない。お店の歴史からいっても、他の大手の会社に比べるとまだ浅いかもしれない。でも手造りにこだわって味と手法にこだわって、お客さんは常連客ばかり。派手な宣伝はしないから口コミで人が集まる。数多くある某有名漬物店よりも、値段設定は安く、でもおいしいと、ワタシも思う。
ここの商品が好きだったな。そりゃスーパーよりは高いけど、素材も味もびっくりするくらい何もかもスーパーのそれらとは違ったもの。

大阪ではこの梅田の某百貨店に入ってる店しかないのだけれども、この下期・来年の2月を持って退店を決めた。

なんだかんだいいながら、13年もいたんだなあ。。

ワタシが辞めて、この百貨店にいっても、ここの商品は買えないし、打田さんには会えない。

一生このまま、、なんてありえないから、いつかはこんな日、お別れの日がくるとは思っていたけれど、実際決まると、とても切ないし、ホントウに寂しい。

おいしいおいしい鉄板焼きを食べて感動しながら、打田さんといろいろ話した。

22時すぎ、おなかいっぱいになってお店を出て、JRの打田さんと地下鉄のワタシとそこでお別れ。
いつもは絶対に思わないんだけど、でもなんとなく、歩いて帰ろうか、、なんて思い、阪急前の横断歩道を渡る。何年か前には金曜日にはよく通った歩道橋から、どこかのバンドのストリートの音が聴こえてくる。そのまま通り過ぎようとしたのだけれど、なんとなく、ホントになんとなく、聞き覚えのあるようなその歌声が気になったのもあって歩道橋を上がった。

ストレンジヌードカルトだ!

そもそもワタシが写真、ライブ写真を始めたきっかけは、本家(マイHP)を観てもらってもわかるように、この同じ場所で演っていたギャラクティカ☆マグナム(現aeronauts)に出逢ったからだ。そしてそのギャラクティカ☆マグナムととてもよい仲間であり、同じようにストリートを当時からやってたのが、その時のバンド名でモビーディック、今のこのストレンジヌードカルトだった。その頃の彼らは、4人編成で、もっともっとサイケでロックなバンドで、めちゃくちゃカッコよかった。ギタリストが抜けてから、ボーカルがギターを持ち、その時からバンド名を変えて、より歌モノな感じに変化した。その良質な曲が認められて事務所もついて、メジャーデビューもした。それでも不定期ながらもちょこちょこまだストリートは続けているのだ。
モビーで撮ることはなかったんだけれども、ストレンジ~になってからはちょくちょく撮る機会もあって、ストリートもたまに遭遇したりしてたんだけれども、まさか今日遭遇できるとは思わなかった。しかも、この場所で(彼らはいつも歩道橋の下だった)。

そうおんなじこの場所で、今のワタシは始まった。
"りえそう"はここから始まった。
今のワタシのライブ写真は、すべてここ、この場所から、なのだ。
この歩道橋の上で見知らぬ人々の足を止めさせて自分自身を表現する彼ら(ギャラクティカ☆マグナム)を、なんとかしてワタシなりに表現しようと思った。
そして写真を選んだ。
カメラを持った。

そこから、いろんな出逢いが始まった。
いろんな。たくさん。たくさん。たくさん。大事な。

そして、今のワタシがいる。ここにいる。

ストレンジ~のストリートを観ながら、いろんなことを思い出していた。いろんなことを感じていた。

この百貨店のこのお店に派遣されなければ、彼ら(ギャラクティカ☆マグナム)にも出逢わなかっただろう。
そのお店の終わりを今日きかされて、そしてそのお店に派遣されたからこそ彼らに写真に出逢えたこの場所で、おんなじ場所またワタシは佇んでストリートを聴いていた、おなじだけ知っているストレンジヌードカルトのストリートを。



不思議な気分だった。
見える風景は若干変わった。ヨドバシは完成してるし、バスのターミナルの上には買い物スペースができてるし、阪急は工事中だし。でもタイルは変わってなし、電球もおなじ、みんながリズムにノるとゆさゆさ揺れる歩道橋は、あのまんまだ。なつかしい。ギャラクティカはaeronautsと名前を変えて東京に行っちゃったし、彼らと出会うキッカケになった職場は終わるし、世界はめまぐるしく変わっていってるけど、
ここで出会ったワタシ自身は何もかわらない。
写真は、ライブ写真はやめないし、ワタシはこうしてこの場所にいる。何もかわらずにここにいる。

ここにいる。



あと半年で職場もなくなるし、ワタシ自身どうしていいかわからないけど、ここに今いるワタシはなにも変わらないワタシで、とになくワタシもがんばろう、そう思った。
ずっとがんばってるストレンジ~を観てて、ワタシの原点なこの場所で、すごくそう感じた。



原点回帰



この先どうしようって、ちょっと不安だったんだけど、いろんなことを思い出した気がした。


ここに呼ばれてきたのだろうか。
本来ならばチャリ通だから、この場所は普段もう通ることはないのだ。でも朝からなんとなく電車でいきたい気分になってチャリではなかった。そしてたまたま久しぶりにこの場所を通った。
重なる偶然は、必然になる。


なんだか不思議な夜だった。

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